福岡2泊3日の旅(福岡国際マラソン)

平成19年12月6日

植松 靖博

1.福岡国際マラソンに向けて

 一昨年の40キロ過ぎでの悔しいリタイア(制限時間超過)の雪辱を晴らすため、昨年のつくばマラソンで出場資格を取得。
そして今年の走り込み(オクトーバーラン)では、初の月間走行距離1000キロを達成(1017.1キロ)。リベンジのための準備は着々と進んでいった。あとは11月中に1キロ3分50秒ペースの感覚を自分の体に覚えさせることだけが最後に残った課題のはずだった。

 11月3日、最後のロング走(42.3キロ)を行う。でも、この練習のあとから何故か右膝裏に違和感を感じるようになった。
その翌日はオクトーバーランの打ち上げ練習会。この日はペース走(4分〜3分45秒で21キロ)を行ったが、やはり右膝裏に違和感を感じていた。
その後は念のため練習量を落とし、11月第2土曜日の駅伝カーニバルを迎える。レースペースで走れば「違和感」なのか「痛み」なのか判断がつくだろうと・・・でも最悪の結果に・・・
翌日の光が丘ロードレース。皆を応援しながらLSDをする予定でいたが、10mくらい走っただけで右膝裏に「違和感」ではなく「痛み」を感じて走るのを断念。でも2〜3日休めば治るだろうと完全休養をとったが、そもそも「強い痛み」ではないため、普通の生活においては治っているのか、治っていないのかがわからない。たまに散歩ペースでのジョギングをしたが「違和感」は確実に感じる。走った方がいいのか?休んだ方がいいのか?休めば治るのか?悶々とした日々が過ぎていく。そのうちに、せっかく減っていた体重も増え始め、食事によるダイエットも始めたが、体重は維持しても体脂肪率は増える一方。そして「葛飾駅伝」「つくばマラソン」を悪循環のまま走ることになった。

葛飾駅伝は強風のため、どの程度走力が落ちたのかは判らなかったが、つくばマラソンでは、折り返し手前でスタミナ切れを起こし、25キロ過ぎからは疲れが残らぬようジョギングペースで走ったつもりだったが、それでも35キロ以降は完全に足が固まる走りになってしまった。
つくばの結果から、福岡完走は無理だろうと悟るしかなかった。

2.観光計画

 今回が「最後」の福岡と感じていたこともあり、今までは福岡観光は一切していなかったが、今回は「観光」「友人との再会など」も含めて以下のように計画した。
 12月1日
   ・朝イチの飛行機で福岡に行って、何らかの観光をする。(大宰府にした)
   ・「選手交流の夕べ」に、昨年クラブを退会し福岡に帰省していった○林ちゃんを招待する。
 12月2日
   ・福岡国際マラソン
   ・夜は学生時代の友人(下関在住)との再会で飲みまくる。
 12月3日
   ・午前中に何らかの観光をする。(海の中道海浜公園とした)

 失敗だったのは、計画していた頃は、「この時期は仕事が決まっているかも?月曜日休めるかどうか?」と思っていたので、一泊で帰るか、二泊するかが決められなくてツアーの申込が遅れていたが、そのうちに土曜日に宿泊する宿が取れなくなってしまった。そのため、「2泊3日」ではなく「1泊3日(初日の宿は自分で探す)」にしたが、何故か2泊3日よりも、1泊3日の方がツアー料金そのものが高く、さらに1泊分のホテル代がかかるということになってしまった。

3.大宰府

 12月1日9時半頃、予定どおり福岡に到着。15時くらいまでにはマラソンの受付を済ませ、ホテルにチェックインできるような時間配分で観光する予定。

 「大宰府天満宮」だけ行くのなら、時間も潰せないので、ネットで調べた観光コースを歩く。大宰府駅の3駅くらい手前で降りて、最初は「水城跡」に向かう。駅からかなり歩いて「まだ着かないのかな?」と何気に右を向くと、空き地のような所があり、何だか「水城」というような文字が書かれているような?「まさか、ここ?」と思いながらも、「多分入口がどこかにあるのだろう」と色々付近を歩き回る。でも結局何もなく、そこがどうやら観光コースに載っていた所だと思われる。まあ「跡」だから仕方ないか・・・

その後も「観光コース?」を歩いたが、単なるウォーキングになってしまった。見るところも、写真を撮るスポットも何もなく、よかったことは時間を潰せたこと、電車賃が60円くらい浮いたことだけだった。

そして大宰府天満宮へ。
ここはまさに観光スポット。駅からずっと土産物屋が並んでいて、とても賑やかだった。
ちょうどお昼の時間になったので、梅ケ枝餅を1つ食べた。夜は「選手交流の夕べ」でたらふく食べたいので、1つで我慢しようと思ったが、出来立てで暖かくあまりにも美味しいのでもう1つ食べてしまった。
梅ケ枝餅

さだまさしの「飛梅」という曲を以前聴いたことがあったが、実際に大宰府に来てみて、詩のイメージがわかった。

             飛梅

心字池にかかる「三つの赤い橋」は
一つ目が「過去」で、二つ目が「現在(いま)」
三つ目の橋で君が、転びそうになった時
初めて君の手に触れた僕の指
手を合わせた後で、君は神籤を引いて
大吉が出るまでと、もう一度引き直したね
登りつめたあとは下るしかないと
下るしかないと気づかなかった
天神様の細道
心字池と太鼓橋
一つ目(過去) 二つ目(現在)及び三つ目(未来)
太鼓橋 太鼓橋

「自分の三つ目の橋は、どういう橋なんだろう」と思いながらも太鼓橋を渡った。

それから自分も負けじとおみくじを引く。結果は「中吉」
でも、就職は「近くに定まる」と出ていたので、とりあえず「良し」としよう。
就職成就の御守も購入。でもここは「学問の神様」だからね・・・

大宰府天満宮 大宰府天満宮 大宰府天満宮 大宰府天満宮

4.選手交流の夕べ

 大宰府から天神へ。ちょうど14時頃に西鉄グランドホテルに到着しマラソンの受付を済ます。時間をずらしたかったが、まさに「受付開始直後」で一番混んでいる時間帯だった。
その後ホテルにチェックイン。過去2度のホテルは「天神」だったが、今回は「唐人町」。大濠公園には近いが、受付・選手交流の夕べの会場である西鉄グランドホテルからは電車賃がかかるので一寸不便。

予定どおり○林ちゃんに会えた。元気そうだった。何だか1年前よりきれい?になったような気がした。(お世辞じゃないよ〜)
「選手交流の夕べ」は一流ホテルの立食パーティー。料理は美味しいし、飲み放題。今までは一人で参加していて、だれかと話をするわけではなく、30分くらい食べて即行で退散していた。このパーティーには「選手」はもちろん、「監督」「コーチ」も呼べるようになっているので、○林ちゃんをコーチとして招待した。結構他でも、「コーチ」の札をつけた女性や子供が目に付いた。(要するに知人を呼べるということ)

料理の種類は前回よりも減っているような気がしたが相変わらずの美味しさ。それに今年は一人ではないので、お酒も十分に飲みながら楽しく時間を過ごす。
○林ちゃんとのツーショット写真を同じテーブルにいたオジサン(この人は正真正銘のどこかの監督で、以前、宋兄弟と一緒に走っていたこともあるようだ)にお願いしたが、あとで部屋に戻って確認したら撮られてなかった。勘弁してよ〜。(オジサン、メカに弱そうだったからな・・・)
○林ちゃんはその写真とって貰ったのをきっかけに、そのオジサンにもてまくり。「うちの息子の嫁に」という言葉を散々言われていた。
あと地元福岡のランナー2人ほどとも色々話ができた。(名刺まで渡しちゃった)

ということで、今年は「美味しさ」だけでなく「楽しさ」も十分に味わえた「選手交流の夕べ」だった。

5.スタート前

 前日寝る時間が早すぎたため、1時半頃に目が覚めてしまった。レースはお昼過ぎというのに・・・
何とか2度寝にチャレンジするが、こういった時に限り眠れない。
自宅では色々やることがあるのだが、ホテルではテレビを見ること(日曜の早朝は殆ど何もやっていない)以外にない。携帯電話も充電切れが心配だし、しかたないので横になって夜明けを待つ。
 7時頃に大濠公園へ。いつもなら朝ランとするが、今回は右膝が不安なので、完全に散歩とした。とにかく、つくばマラソン以来、1メートルも走っていない。

大濠公園 大濠公園

今までのレースの中で、これほどまでに関門時間を気にしたことはなかった。前回の福岡でも40キロ過ぎに止められたが、あれは結果がそうなっただけであって、スタート前は「完走」は当然であって、記録のことしか考えていなかった。
でも、今回は「完走」の可能性は殆どゼロに等しい。問題はどこまで5キロ19分30秒ペースを保っていけるかだ。

9時前に朝食をとって、試合前のシャワーを浴びて、10時過ぎにチェックアウト。平和台陸上競技場へ。
そして11時半過ぎにスタート地点へ移動。
全く寒くないので、スタート30分前からランパン・ランシャツでも全然大丈夫。つくばマラソンも暖かかったがそれ以上。
コールを済ませた段階で、つくば以来の始めての走り、ウォーミングアップを始める。「うっ・・・右膝が痛む」アップはほんの200mくらいで止める。
あとは「レース」という麻酔薬で痛みを感じずに走れることを期待するのみ・・・

6.マラソン結果

 大濠公園をスタートした。今日の麻酔薬は全然効かず、スタート直後から痛みが・・・。
とりあえず他のランナーに迷惑がかからないようレースの流れにのり、前の人との間隔が開き過ぎないように走る。1キロは3分45秒くらい。流石にみんな速い。まだまだまわりはランナーが一杯。やはり右足がおかしいので、ランナーの間隔が開いてきたら止めようと・・・

 大濠公園を1周と少しで一般道路に入る。とりあえずは自分の宿泊ホテル(約3キロ地点の唐人町駅前)まではと走る。
それにしても沿道の声援が凄い。「もう、こんなコース走ることないのかな?」と思うと寂しくなる。「こんなに凄い舞台、自分から降りるのはもったいない」と思い始めると、何だか右足の痛みも和らぐ気がした。「とにかく行けるところまでは頑張ろう!」

 ただ、最初からヒヤヒヤレース。5キロを19分30秒で走らないと収容されてしまう。5キロは18分59秒で通過したが、沿道の人からは「すぐ後ろにバスが来てるぞ!」というような声も聞こえてくる。ただ、19分30秒を超えなければ、少しずつ貯金(制限時間との)も増えていくだろうと走り続ける。
 15キロ付近で早くも足が固まってきた。足の痛みというよりは、やはり練習不足。先週のつくばの疲れも癒えていないのかも。「もう終わりかな?」と諦めかけるが、追い抜いていく集団について何とか粘る。「つけるところまで頑張ろう!」

 20キロまでは何とか集団についていくが、その後、集団のペースが上がったように感じる。(実は自分のペースが落ちただけ?)
集団から離れてしまう。○林ちゃんが折り返し(31キロ付近)で応援しているとのことだったので、何とかそこまでは走りたい。
中間点は1時間21分台。本当に制限時間ギリギリだ。

何とか25キロを通過した。ラップも初めて20分を超えてしまった。後ろがソワソワしてくる。収容バスが本当に近づいているようだ。(怖くて後ろを振り向けないが・・・)
そして26キロ。(この1キロが4分07秒となってしまう)自分が通過した直後に係りの人が道をふさぐ。「後ろのランナーが止められた。本当に最後尾になってしまったんだ・・・」
それでも沿道からは凄い声援が。ナンバーカードから名前まで呼んで応援してくれる。走りながら、応援の嬉しさと、思うように走れない歯がゆさで涙が出てきた。風邪で喉も痛い状態なのに、涙のため鼻までつまってきて息苦しいが、収容バスから逃げるように、必死にもがくように走る。「どんなにかっこ悪い走りでもいい、とにかく逃げられるだけ逃げよう・・・」

係りの人が、前をふさぐ。終わった・・・。多分26.5キロくらい。
1時間43分43秒(18分59秒、19分19秒、19分17秒、19分35秒、20分02秒、6分28秒)だった。

自然に走ってきたコースに向かいお辞儀をしていた。自分では、自己ベストを出した時と同じように、最後まで諦めずに頑張ったつもり。沿道の人も「よく頑張った!」と声をかけてくれた。泣いている自分が恥ずかしかったけど仕方ない・・・終わったんだ・・・

収容バスで隣に座ったランナーと話をした。なんと偶然にも「Jクラブ(城北を意味するらしい)」の人だった。練馬区に住んでいるみたいで、まだ大学4年生、5000mのベストは15分台前半とのこと。卒業したらうち(城北クラブ)に来てね〜と声をかけたが・・・マジに待ってるよ〜

7.友人との再会

 予定どおり、夜は学生時代の友人H田と会う。
専門学校の寮に住んでいた時の友人だが、卒業後、故郷の下関に帰っていて、数年前奥さんを亡くして、今は子供2人を育てながら頑張っているようだ。(一人でプー太郎している今の自分とは大違い)
下関から、わざわざ会いにきてくれた。4年ぶりくらいの再会だった。
自分も数時間前まで必死に走っていたことを忘れて、ランナーから30年近い過去の自分に戻っていた。色々な友達のことを思い出す。みんなどうしているのだろう?会いたいな・・・
殆どの友達は卒業と同時に故郷に帰って就職した。一番都会の似合わなかった自分が東京に残るなんて、だれもが思わなかっただろうね。
もう、すでに亡くなった友達もいる。4年ほど前、年賀状のやりとりだけになってしまった友達だったが、父親の喪中葉書の翌年、普通に年賀状を出したら、返事が返ってきたのは奥さんからで、本人が亡くなったとのこと。あの時は悲しかった。
この先、何が待っているかは全くわからない。とにかく言えるのは、今を、そして、これからを精一杯生きること。

H田とは5時間くらい飲んで別れた。あっという間の5時間だった。


8.海の中道での不思議体験

前日夜の雨も何とか上がってくれて、朝イチの朝食を済ませ、予定どおり海の中道へ。
「海の中道」は以前、福岡国際マラソンのコースの一部だったと記憶していたので、一度行ってみたかった。
とにかく知らない町での電車は全然わからない。××方面と書いてあっても、その「××」と自分が行こうとする場所との関連が全く見えない。売店の人などに聞きながら、何とか「海の中道駅」に到着。
海の中道海浜公園は9時半から開園だが、到着したのは9時20分頃だった。自分の予想したイメージでは、「改札を出て、何らかの案内があって、公園のゲートで入園券を購入して入園」、と当たり前のことを思っていたが、前を歩く人についていくと、何だかみんなが以外と早足で歩く。「改札はどこだろう?」とついていくが、なかなか改札が無い。そのうちに何故か踏み切りを渡り、今度は一般道路まで渡ってしまった。「あれれ、これって駅の外では?」前の人達はかまわず進んでいく。何だか既に公園の中に入ったみたい。前を行く人達はそのうちに四方八方に別れていって、自分は「どうしたらいいのだろう」と途方にくれる。
狐につままれたような感じで、来た道を戻ることにした。

「駅」というべきか「電車が停車した場所」に戻ると時間は9時半を過ぎていた。
「駅口」という所をよく見ると、何だかそこが公園の入り口のようになっていた。さっきまでは開園前だったので、誰もいなかったようだ。
そこの女性に聞いてみると、「前を歩いていった人達は多分従業員でしょう。」とのこと。
そして改札は無く、無人駅のようで、「切符は箱に入れるようになっているけど、切符は記念に持って帰ったら如何ですか?」と言われたので持って帰ってきた。

海ノ中道駅
記念に持ち帰った切符
海ノ中道駅にあった切符入れ(帰りに気付く)

 月曜日の午前中、しかも冬ということもあってか、観光客はゼロ状態。見かける人は、従業員ばかり。とても広くて、見所(動物園・植物園など)も多くて400円はメチャ安いと思うが、ちょっと人が少なすぎ。話し声が一切聞こえない不思議な公園めぐり旅だった。
ジョギングコースもあり、「森林公園」に近い感じかも・・・

海の中道海浜公園 海の中道海浜公園 海の中道海浜公園
海の中道海浜公園 海の中道海浜公園 海の中道海浜公園
海の中道海浜公園 海の中道海浜公園 海の中道海浜公園
海の中道海浜公園 海の中道海浜公園 海の中道海浜公園
海の中道海浜公園 海の中道海浜公園 海の中道海浜公園

9.最後に

 今回の福岡は「レース」「観光」「再会」と色々楽しめた。マラソンは残念だったけど「楽しめた」と今では思える。
自分の走力では、本当に状態の良い時でないと「出場資格取得」も「完走」も難しいが、これからもあの素晴らしい声援の中を走りたい。
○林ちゃんや、H田とも、これからも会いたい。
厳しい目標ではあるが、「出場選手中で最年長ランナーになるまで福岡国際マラソンを走る」を目指してこれからも頑張って走ろうと思う。