平成19年8月5日
植松 靖博
1.初参加にあたって
数年前まではA戸さん、3年前はイワン大佐さん、そして2年前から城北クラブでも多くのメンバーが走るようになった「奥武蔵ウルトラマラソン」。私も何度か走ろうと迷ったこともあったが、故障中であったり、迷っていたら定員オーバーになったなどで参加できず、ようやく今年初参加となった。
奥武蔵に向けての練習は、昨年に一度、今年二度の練習会(スタート付近〜顔振峠折り返し)を行い、4月〜6月の走り込み(ゴールドコースト向け)でスタミナ強化は図れていたものの、6月頃から続く「右股関節痛」が悪化していて、7月になってからは超スローペースで走るのみで、最後の1週間は痛みが治まるようにスローペースの走りさえも控えていた。
最初の計画では往路を5分30秒程度のペース、復路を4分30秒程度のペースで走り6時間前半での完走を目標にしていたが、この状態での記録狙いは無謀、「歩かずに完走」の目標に切り替えた。
2.スタートまで
今回苦労したのは宿泊施設。来年以降の参考に今回の反省点をあげると、マラソン申し込みを急ぐのは勿論、宿泊施設の予約も急がなければ良い所は直ぐにいっぱいになってしまう。今回も5月の総会でみんなの意見を聞いてから宿泊施設に問い合わせをしてみたが、主催者側から紹介されている施設で個室のところは既に満室。素泊まりで1万円超のホテルはあったが、私的には納得できず、ネットで調べたところ東飯能駅近くのホテルがあったので、そこを予約した。
レース前日の夕方、ももちゃん、サポランさんと飯能駅で待ち合わせをし、ホテルまで歩いたがそれほど遠くでもなかったので来年以降もお世話になるかも?(勿論、予約は急いだ方がいいと思うが・・・)
チェックイン後、荷物を置き、すぐに前夜祭(飲み会)に出かける。生ビール6杯飲み、ほろ酔い気分、さらにホテルに戻り一人二次会でビール・チュウハイを飲んだため即行で眠ることが出来た。
翌朝3時15分に起床。(少々頭痛)。3時半頃、携帯メールが入った。ミッキーちゃんからの応援メールだった。朝早くから有難う!(あとでわかったが、スタート時間を1時間間違えていたとのこと)
3人だったのでタクシーを使い会場へ。ちょっと運転手さんは不安だったが、バスよりはかなり早く到着できたみたい。天気は残念ながら「晴れ」になってしまった。前日の天気予報では「曇り一時雨」という絶好の予報だっただけにショックだった。やはり私は「猛暑男」なのかも?
3.スタート
ももちゃん、サポランさん、フーさんとおしゃべりをしながら全く緊張感の無いままスタートを向かえた。今回の目標は「歩かずに完走」なので、ロスタイムなどはどうでもよく、トップ集団の走りで変な刺激を受けないように意識的に後方からスタートした。
右股関節の痛みは前日の治療で一瞬治まっていたが、数分で早くも痛み出す。でも、これは想定内、スローペースならば最後までいけるはずだ。
5キロ付近?で上りが始まる。鎌北湖の前にもアップダウンがあると話では聞いていたが、自分の想像よりも遥かに長く厳しい上りだった。ということは・・・その後には長い下りが待っているはず・・・今日に限っては上りがきついのは問題ないが、下りが怖い。自然にスピードが出てしまうので股関節が悲鳴を上げてしまうからだ。
そして恐れていた下りをむかえる。本来なら大好きな下りなのに・・・
予想どおり下りに入ると、右股関節に衝撃が走る。「イタタタ・・・・・・」ペースを落とそうと必死で体を後傾させ、ブレーキをかけながら下っていった。(結果的にはこの「いつもと違う下りの走り方」が致命傷になったのかも?)
ようやくいつもの練習会コース(鎌北湖へ向かう)に入った。この時点で2年前のY古宇さんのリタイアのことが頭に浮んだ。こんな序盤から痛む足で本当に完走できるだろうか?止めるのならスタート地点が近い今しかないのかな・・・と思いながらも、止める勇気もなく走り続けるうちに「何とかなるだろう」という思いに変わっていった。
鎌北湖に入り「走り慣れたコース」「木陰は涼しい」「今日に限り好きな上り坂」ということで、このあたりでは元気を取り戻し、一瞬頭によぎった「リタイア」の文字は消えていた。それでもたまに下りが入るとまたまた股関節が悲鳴。折り返し以降の下り主体のコースを考えると、やはり不安になる。でも「痛いだろうけどタイム的にはよくなる」と楽観視。相変わらずのスローペースで走り続ける。
4.ビーチサンダルで走る女性出没
25キロ手前のエイドで誰かに声をかけられる。「どこかで見た顔だが誰だったかな?」と思ったら、サングラスをしたA戸さんだった。一瞬判らないわけだ。ちなみにここで初めての給食(おにぎりを二ついただく)、おにぎりを食べているうちにA戸さんを見失う。走りを再開したら、前方に「ビーチサンダルで走る女性(A戸さん)」を再発見。ペタペタと走っていた。「応援だけではなく、走りにきたんだ・・・」
こんなところで以前ランナーズの「走るイラストレーターがゆく」に登場した伝説的な姿を拝めてよかった〜。
そうこうしているうちに顔振峠に到着。ここから先はいよいよ未知の世界。未知の世界ではあったが、コース的にはそれまでと同じ(上り主体のコース)。暑いながらも初めて見る景色を楽しみながら走り続ける。
エイドは給水に関しては必ず毎回立ち止まって取っていたが、たまに「ぬるくなったドリンク」を取ると後悔する。せっかくのご好意の給水、ぬるいからといって捨てるわけにもいかず、我慢して飲んでいたが、はっきりいって給水だけでお腹一杯状態。できれば「冷たいもの」が飲みたい。サポランさんではないが「コーラ」が比較的外れ(ぬるい)が少なかったので、コーラを取る頻度が高くなった。
5.折り返し地点到着
ようやくトップランナーが見えてきた。2人がダントツのトップ争いだった。その後、次々とランナーが見えて退屈せず走れる。そういう意味で折り返しコースは好きだ。一人一人に「ファイト!」と声をかけ走り続ける。こういった世界もウルトラならでは・・・。
そしてようやく自分も折り返し地点到着。最初は「単なるエイド」だと思っていたが、「あ〜、ここが折り返しなんだ〜」といった感じだった。カキ氷をもらったが冷たすぎて、焦って食べようとしたら頭ギンギンに痛くなり、一寸後悔。まあ急ぐ旅でもないし・・・
6.ピクニック開始
そして復路に入る。予定では(記録は狙わないと言いながらも密かに後半はペースあげようと目論んでいた)余裕があればペースあげようと思っていたが、まだ途中で上りもあるし、どうしようかと思いながら走っていたが・・・
そのうちにそれどころではない状態になってしまった・・・
左太腿痙攣。かばいながら走り続けたが、数分も経たないうちに右太腿も痙攣。そこから両足の脹脛も痙攣。いきなり連鎖反応的に攣りまくってしまった。歩くのも痛い。50キロ付近のエイドでA戸さんと再会し「痙攣して走れない」と告げてその後、長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い遠足へ(「歩かないで完走」が目標であったが、全く正反対の結果になってしまうとは・・・)
少し治まるたび、思い出したように走る姿勢をとるが、直ぐに再痙攣。もう、どうにもならない。サポランさんや、ももちゃんにも途中で会ったが、情け無い姿をさらしてしまう。
歩いていてもエイドステーションはやってくる。お腹も空いていないし、あまり喉もかわいていないし、お腹痛い(パンパン状態)けど、素通りは悪いし、一応何らかのものを頂くがそれも結構辛かった。しかも歩いているので、エイドの人は歩いている私を励ます為、ナンバーカードで調べた名前で応援してくれる。でも、「辛くて歩いている」わけではなく「走れない」ので声援に応えることもできず、それも辛かった・・・
あとで気づいたことだが、「喉が渇いていない」と書いたが、実はこの時には熱中症になっていたと思える。その後、北海道マラソンの時のように右の耳が聞こえない(水が入っているような感覚)になったからだ。「喉が渇いていない」のではなく「何も受け付けられなくなっていた」が正しいのかも?
7.恐怖の雷雨
その後もひたすら歩き続ける。顔振峠も過ぎ、いつもの練習会コースに戻ったと思えば少しはほっとしたが、走ればそれほどでもない距離が、歩きではとてつもなく長い、このまま歩き続ければ・・・と計算する。何とか10時間は切れるかな?という計算結果だった。でも、最後(鎌北湖を下ったところ)からは、せめて走りたいな・・・などなどを考えながら歩いていたが、それまでゴロゴロと嫌な音を立てていた空が、とうとう牙を向いてしまった。
土砂降りになり、稲光、雷鳴、生きた心地がしない。途中何故か太い木が倒れている。往路ではこんな木は無かった(倒れていなかった)のに・・・落雷?
ただでさえ大の雷嫌いなのに、よりによってこんな状態の時に・・・仕方が無いので走りを再開(な〜んだ走れるじゃん・・・)というか、長い間歩いて回復したこともあるし、雨で冷やされて復活したのかも?
でも、さすがに鎌北湖の急な下りでは再度歩いてしまった。(足、痛過ぎ・・・)
下り終えてから当然、こんな雷の中、最後のエイドによる気も無くそのままフィニッシュ地点へ向かう。
雨の中、何の感動もない(安堵感だけはあった)まま、形だけ両手を上げてのゴ〜〜〜〜〜〜ル!(何とか生きて帰れた〜〜〜〜〜)
8.走り終えて
足はボロボロ、そして耳が聞こえない(けっして雨が耳に入ったわけではない)状態で体育館に戻ると、ミッキーちゃんが応援に来てくれていた。(多分あまりにも帰りが遅く心配してくれていただろうな)
シャワーを浴びて着替えると、サポランさんもすぐに戻ってきた。雷雨がなければ間違いなく抜かされていただろう。その後は熱中症の症状みたいで、喉が渇いているのか?乾いていないのか?お腹が空いているのか?満腹なのか?わからない気持ちの悪さが続く。
刺激物が欲しくてカレーを食べたが、やはり美味しく食べられなかった。(これは不味いという失礼な意味ではなく、受け付けられないといった感じ)
そして10時間少々のところで、ももちゃんが感動のフィニッシュ!練習全くしていないとのことで、練習会でも調子悪そうだったが、本番では流石に安定した走りだった。
アフターはいつもの「ゴキ」の店。私は熱中症、サポランさんはエイドでの食べすぎ、ももちゃんはいつもどおりで、ウルトラ同様、超スローペースの飲みになってしまった。みんなお疲れ様!ミッキーちゃん応援ありがとう!
走り終えて思うことは、やはり「現地での練習不足」が一番大きいと思った。全体的な練習不足も勿論あったが、奥武蔵のコースは平坦が殆ど無いコース。常に足の筋肉に激しい負担がかかる。フルマラソンを走っても筋肉痛にならないのに、奥武蔵の練習会ではゆっくり走っても確実に筋肉痛を起こすことでも奥武蔵のコースのきつさが解かる。
もう1点。塩分を摂らなかったこと。フルマラソンでは意識的に「塩」を摂ったことがなかったが、やはり夏のウルトラ、しかもアップダウンの続くハードなコース。塩分不足も痙攣になった大きな要因の一つだと思えた。
ペース配分そのものは、今まで走ったウルトラ(サロマ、富士五湖)よりも遥かにスローペースで走っているし、奥武蔵での練習会のペースよりも遅かったので、けっして無理したつもりはなかったのだが、それでも痙攣するほどのダメージを受けたことは、やはり「奥武蔵恐るべし」と言うしかない。
是非とも来年リベンジしたいところだが、来年の開催は5月の第4日曜日の予定。残念ながらOB駅伝と日程が重なるので、今年が最初で最後の奥武蔵になるかもしれない。
9.記録
普通のコースなら間違いなく収容バスに乗せてもらっていたし、「完走」と言えるのかは「?」であるが・・・
記録 8時間41分54秒
ラップ 26分09秒、25分20秒、25分58秒、30分25秒、29分29秒、28分46秒、31分05秒、28分28秒、29分19秒、91分13秒、45分49秒、102分05秒、27分44秒(91分13秒と102分05秒は流石に10キロのラップです。歩いていたので目線が下になり?距離看板を見落としてしまったみたい)
総合順位 216位
部門 71位