海外マラソンに初挑戦(ゴールドコーストマラソン)

平成19年7月1日

植松 靖博

1.初の海外へ

 3月末、諸事情により長年勤めた会社を退職。

社会人になってから長期休暇など取ったことがなかったので、この機会に何かをしてみたい。

最初に考えたのは「日本1周ラン」。でも現実的に考えると、何日かかるのか?旅費はかからないにしても費用総額はどのくらいになるのか?ということで現実的ではなく、だったら第二の人生を考える意味でも「遍路旅」に出てみようか?ランナーだから「走りお遍路」 これなら現実的かも?と思っていたが、期間・費用はそれほどかからないにしても、さらに具体的に考えると、宿泊場所は野宿?風呂は?洗濯は?などなど・・・ 問題点が色々でてきて、ネットで調べたり、色々と悩んでいる頃、ラストランナーさんからの電話が・・・

「ゴールドコーストマラソンに一緒に行きませんか?」とのこと。今までは、有給休暇も殆ど取れない状態が続いていたし、ゴールドコーストマラソンは月初開催。月末月初は一番忙しく、連続休暇など不可能だったので今までは考えてみたこともなかったが「今ならいける」と思い、ちょっとだけ悩んだが、翌日OKの返事を出した。

ラストランナーさんが私を誘ったのも、私が退職したことなど知らず、駄目元で声をかけただけのようで、ほんの偶然だったようだ。

47年も生きてきて未だに海外旅行の経験は無し。「初海外は新婚旅行で」などと考えていたわけでもなかったが、その機会も無さそうだし、初の海外がマラソン旅行というのは自分らしいし、夏の時期の南半球は私にとっては憧れだった。

2.走り込み

ゴールドコーストマラソンに向けての走り込みだが、4月(667キロ)5月(874キロ)6月(544キロ)と順調に走ることができた。5月に関しては今までの自己最高(750キロ)を大幅に上回る距離を稼げた。それもそのはず、今までは仕事で忙しく、朝練中心での走り込みだったが、今回は2部練(朝、夜)が確実に計算できたことが大きかった。朝練はスローペースでよく、夜練は4分30秒〜3分50秒程度のペース走ができて、今までの走り込みの中では一番充実した練習ができていた。

それなのに結果がでない。5月の駅伝カーニバル、OB駅伝、ともにシーズンワースト記録のようなタイム。走り込みの疲れが出たとも思えたが、昨年までの走り込みでは、疲れているとはいえ、短い距離のレースでも走りこんでいるなりの結果を残せていたのだが・・・

気になる点が2点あった。退職に伴い昼食に大きな変化があった。今までは社員食堂の定食を食べていた為、ある程度栄養のバランスのとれた食事だったが、4月以降は自炊のため炭水化物多めで、おかず少な目。それに加えて走行距離が伸びたことによる「貧血」が考えられた。当初の予定では6月からは食事によるダイエットも考えていたが、今の状態でダイエットは逆効果と判断し、結果的に体重も目標(56Kg)よりも2Kgほど超過状態でレースを迎えることになってしまった。

もう1点は右股関節の痛み。4月以降、時間にゆとりができたこともあり、毎日柔軟をじっくりやって、自分の最大の欠点の「体が硬いこと」の克服も目標にしていた。股関節は特に硬く、あぐらもかけない。股関節を軟らかくできればストライドも伸びた良い走りができるだろうと、毎日一生懸命股関節を伸ばした。でも、それがいけなかったのかは不明であるが、その頃から痛みを感じるようになった。その痛みはゴールドコーストマラソンが近づくにつれ大きくなっていった。

3.旅行準備

 人生初めての海外旅行、準備も大変!という状況ではあったが、根っからののんびり人間「どうにかなるさ」で殆どはラストランナーさん任せ、英会話の本(100円ショップで購入)も全然読む気なし。最低限自分でやらなければいけないこと(パスポート・ビザの取得)以外は殆ど何もせず過ごしていった。初のパスポートでは「写真審査NG」を食らったり、ビザ申請ではネットでの申請だったので「本当に正しく申請できたのか不安でたまらなかった」など、色々と問題もあったが・・・。まあ、オーストラリアに無事に入国できたということはビザ申請も問題なかったということ。(オーストラリアに着いたのはいいけど、入国できなかったらどうしよう・・・とマジに心配だった)

4.ゴールドコーストへ

6月29日21時30分成田空港出発、殆ど眠れず(一瞬意識を失った程度)、翌日7時(日本時間6時)にブリスベーン空港到着。

心配していた入国審査も無事通過。待ち望んだ南半球の大地を踏むことが出来た。そこからバスで1時間少々、ゴールドコーストに到着。

日本では暑いこの時期(7月)は、オーストラリアでは真冬。とはいっても亜熱帯のゴールドコーストは東京でいうと11月後半の気候。しかも湿度が低く、空は真っ青に晴れ渡っていて走るのにも観光にも絶好の天気。

初日は、昼食(日本人の店)を済ませたあと、サーファーズパラダイスの街をぶらつき、海岸を散歩したりして過ごす。

こちらの人は「寒さに強い」ことを知って驚く。真冬のはずなのに3割〜4割くらいの人が半袖で歩く。素足の人も珍しくない。海岸ではサーファーだけでなく海水浴客も見えた。

あとは信号の短さ。車社会なのか?歩行者用の青信号は僅かに4秒。それほど広い通りは無いにしても、小走りでなければ渡れない。(お年寄りは大変だ)、あとで聞いたが、信号無視は当たり前みたい。

夜はパスタパーティー。レース前夜のエネルギー(アルコール)はここで補給しておこうと思っていたが、まさかの「ノンアルコール」

本当に「パスタパーティー」のみだった。5500円もしたのに・・・

でも、同じテーブルの10人ほどの人と色々話ができて、それなりに楽しい時間を過ごすことができた。(翌日のマラソンのレース中、このテーブルの中の何名かの人にもすれ違う時に声をかけてもらった)

ビンゴは何とか終盤で当たったが、残り物には福はなく、使い物にならないものばかりだった。(残念)

5.マラソン結果は・・・

マラソン前日は結果的に年に1〜2回の休肝日となってしまったが、前日の睡眠不足からか、あっさりと眠ることができたようだ。(ラストランナーさん曰く)

マラソンコースはゴールドコーストの美しい海岸線を延々と走る直線コース。13キロ手前が第一折り返しで、26キロ付近でスタート地点に戻りさらに直進し、34キロ付近が第二折り返し、そして会場に戻ってフィニッシュといったコース。以前の荒川マラソンと似たようなコース。海岸線と言う意味では、まだ走ったことがないが「湘南マラソン」に似ているのかも?

高低差は7mということで、記録の出やすいコースだとのこと。

フルマラソン自体の参加者は3000人程度ということで、スタート地点もそれほどの混雑は無かった。ただ一般参加者の前にロープが張られ、30名ほどのランナーがゆったりとスタートを待っていた。私も一応記録証(2時間45分以内の人は優先スタート)を提出していたので本当はロープの前に並ぶことができるはずだったが、何の説明もなかったので、一般参加者の列(一番手前)に並んだ。

午前7時に号砲。予定より少々遅れてのスタートだった。

ロスタイムも3秒程度ですぐに自分のペースで走ることができた。2キロ地点が7分35秒程度で順調なスタート。ただもう少し速く入ったのでは?と期待していたのでちょっとショックを受ける。

すぐ前に日本人と思われるランナーがいる。何だかこういった海外レースだと、同じ日本人だと「仲間意識」「ライバル意識」共に沸いてくるので不思議なものだ。エリートマラソンで「日本人の中でトップに入りたい」という言葉をよく耳にするが、この場で走るとちょっとその気持ちが解かるような・・・でも、それと同時に励ましあいたいという不思議な感情が沸く。

(その日本人ランナーは3キロ地点くらいで抜いたが、そのあと再度抜き返され、最終的には大差をつけられることになる)

沿道では日本語の声援もよく聞こえた。(やはり観光客・移住者が多いんだな・・・) 前半はその声援に手を振る余裕もあったが・・・

5キロ地点は18分52秒と予定どおりのペースで走れたが、予定外なのは体感強度。正直最後まで持ちそうもない。でも、昨年のつくばマラソンでも5キロ地点の体感強度はきつかったが、何故かその後、楽に感じたというケースもあったので、それを期待してイーブンで走る。

7キロあたりで後方からの息遣いが聞こえ集団が近づいてくるのがわかった。そして捉えられる。集団は外国人男性1名、外国人女性3名。このレースは賞金レースなので、速い女性ランナーが多い。普通の市民マラソンとはその点が違うようで、多分色々な国の賞金狙いの快速女性ランナーが数多く参加しているのだろう。

その中の男性ランナーは「ペースメーカー」なのかな?と思い(ペースが安定しているだろう)、この集団でしばらく走ることにした。

ところがそれが間違いで、その男性ランナーは普通のランナーだったようだ。途中で集団の中から2人の女性ランナーが抜け出す。私はそれでも男性ランナーについていたが、どうやらペースが落ちているようで、途中から慌てて、抜け出ていった女性ランナーを追いかける羽目に・・・

結局10キロ地点(集団で走っている時)は18分55秒。そして女性ランナーを無理に追いかけた15キロ地点では18分53秒。

ペースそのものはイーブンで走れているが、内容的には「無理な追い込み」を含めてたまたまイーブンになっただけ。15キロ地点では本当はもっと速いラップになっていて欲しかったが・・・これで精神的にも肉体的にも参ってしまう。

「35キロ以降が本当のマラソン」自分でも何度も経験しているし、マラソン解説者もよく言っているが「30キロまでならだれでも走れる」

逆に言えば、それまでに集団から離れるようであればマラソンにならない。それが15キロ地点で起きてしまうなんて・・・

精神的に落ち込み、走りも「ジョッグ」の世界へ・・・

すると先ほど一緒に走っていた集団の遅れた男女にも再度抜かれる羽目に。でも、その抜いていった男性ランナーの走りがイマイチで、「ジョッグ」している私との差が広がらない。何だかそんなつまらないことでも元気の元になって、その後再びキロ4分ペースに戻す。

そして20キロ地点は19分52秒。

その後、再び後方から集団が近づいてきて、また吸収される。この集団は多分キロ4分を少々切るペースで走っていて、今の私の状態では丁度いいと思い、「今度こそ最低30キロまではこの集団で我慢しよう」と心に決める。

そして25キロは19分59秒とほぼ4分ペース。

集団で走ると、集団が遅く感じる時と、速く感じる時がある。それは実際に集団のペースが変化する場合もあるが、殆どは自分の体調・気持ちの問題が多い。25キロを通過する頃、私も集団が遅く感じていて、そんな時2人のランナーが抜け出す。しばらく我慢したが、我慢しきれなくなって26キロ付近で私も集団から抜けて前に出る。(本日2度目の失敗)

順調にスピードアップしたつもりであったが、28キロくらいでまたしても集団の息遣いが聞こえる。そしてあっさりかわされる。今度は追う元気もなくなっていた。

そこからは完璧に撃沈レースとなる。30キロ地点は20分25秒だったが、その頃は「最近得意のサブスリーへの逆算」が始まる。最近は撃沈ばかりなので、終盤はこんな展開が多い。「残りを何分ペースで走れば、サブスリーをキープできるか?」

ただ、どちらかというと精神的な撃沈だったので、落ち込みもそれほどでもなく、35キロ以降は21分21秒、21分51秒、9分31秒で何とか2時間50分を切ることはできた。

最初に近くを走っていた日本人ランナーは結局2時間40分台で、ほぼ最初のペースを維持できたようだ。それから撃沈走りしていた時、やはり日本人ランナーに抜かれて、結局日本人男性で3位・・・と思っていたが、あとでわかったけど優勝者も日本人(男女とも)だったようで、結局日本人男性4位だった。年代別でも入賞(3位)を逃す。

2時間49分42秒(ネット2時間49分39秒) 総合59位/2628  年代別4位/214

6.走り終えて

走り込みは順調に出来ていただけに今回の結果はショックだった。走力の衰えを認めるしかないのだろうか?少なくともマラソン練習で走行距離だけを伸ばすだけではダメだと解かった。走歴13年、故障続き、そろそろ記録狙いから引退?2時間40分切りを完全に諦めて、サブスリー100回を目指し「安全運転」するか?ウルトラマラソンへの転向にするか?今年1年正念場になりそうだ。

旅行の方はその後、マラソン当日の夜はサファリーパークツアー、翌日は世界遺産めぐりツアーを楽しんで、初めての海外旅行&海外マラソンは無事に終了した。

次に海外に行くとしたら、きっとパスポートが切れる寸前(5年後?)になるだろう・・・今度はどこにいくのやら・・・