ロサンゼルスマラソン参戦記

サブ5USA

=サブ5USAがUSAでサブ5を達成=

2006319日(日) AM8:17 スタート

1.ロサンゼルスマラソンとは

ロサンゼルマラソンは、1984年のロサンゼルスオリンピックを記念してその翌年から開催され、今年で21回目を迎えた。フルマラソンに25,000人、バイクレースに15,000人、ウォークを含めると4万人が参加するアメリカでも最も人気のある大会の一つである。

賞金総額は5,000万円で、優勝賞金は男子、女子それぞれ1位に420万円と車(ホンダアコード)で10位まで賞金あり。ボーナスとして男女あわせてトップでゴールしたランナーに1,200万円(女子は男子より20分前にスタート)、さらに記録によってボーナス(例えば2時間7分を切れば1,000万円)がある。またアメリカ人のみやカリフォルニア在住者のみの賞金もある。

2.参加申し込み要領

参加申し込みは現地在住の娘に頼んだが、インターネットでも申込は可能である。参加費は0510月までは75ドル(約9,000円)と結構高い。又前日受付も可能であるが、95ドル(約11,000円)と高くなる。受付は前日のみでスタート地点の近くのイベントホールで受付、開会式やアトラクション、関連商品の即売会も開催され、大会を盛り上げる。

3. 日本出発とレース前日

日本とロサンゼルスの時差は17時間(日本が早い)であり、女房とともに1815時に成田を経ち、10時間の飛行で19AM1時(日本時間)に現地着であるが、現地では18AM8時でありそこから1日が始まる。

我々はスタート地点近くのホテルを予約していたのでチェックイン後、受付(女房と娘は5KMウォークに参加)を済ませ、ショップでランシャツを購入した。ゼッケンとチップを受け取る光景は日本でも同じであるが、ゼッケンに番号と同程度の大きさで名前が表示されているのはめずらしいと思ったが、なぜかはレース本番で理解することができた。

時差ボケの眠さと飛行機の疲れもあり、前日の練習はホテルからスタート地点の確認を兼ねて軽く30分程度のジョグで切り上げた。その後ホテル近くのレストランで食事をしたが、偶然にもそのレストランでWBCの中継をしており、日本が福留のホームランで0-0の均衡を破りその後も加点し勝利が硬いことを確信した。これでマラソンの翌日はすでにゲットしていたWBC決勝戦を日本対キューバ戦という最高の組み合わせで観戦できることが確定した。

前日はお酒は多少控えたが、時差ボケの影響と緊張感からかやはり3時間程度しか熟睡できなかったが、極力ベットで休むよう心がけた。

4.レース当日

マラソン一般のスタートは朝8:17(日本時間ではAM1:17)のため、6時には起き、朝食と軽いジョグで体を暖めた。外の気温は結構低く、10℃以下のように感じる。

一般のスタート前に車椅子とエリート女子(7:57スタート…この20分差で男女どちらが先にゴールするかの興味が沸く。)がスタートするため、早くからスタート付近は混雑していた。マラソン一般の参加者は25,000人であり、どのように整列するのか、全員がスタート地点を通過するのに何分かかるのか全く想像がつかないので、とにかく7:30には家族と別れスタート地点に向かった。参加者は直接スタート地点にはいけず、決められたルートに従ってスタート前に並ぶ道路を目指した。参加者はぞくぞく集合してきてスタートの1KM以上手前で渋滞となり、進めなくなった。自分が全体のどの位置にいるのかもわからない。そしてその時点ですでにスタート時間の5分前であった。MAYER市長の号砲があったはずであるがもちろん聞こえないが、渋滞から順次歩き始めることができた。スタート地点までは7分ほど要し、スタート地点を過ぎたらゆっくりジョギングができる程度となった。道路幅は8車線あり、青梅の2車線と比較すると4倍の広さで、25,000人が通過するのは15分程度と予想された。

スタート後は青梅と同じように自分のペースでは走れないが、スタートから抑えようと決めていたので丁度よいペースであった。それよりもスタートから500mのところで応援している家族が25,000人の中から私を探すのは大変なことだと心配した。こちらは家族がどこにいるか大体判っているのでこちらで探して声をかけなくてはと思い、ゆっくりと進んだ。家族を発見し声をかけて貴重な写真をとってもらった。女房と娘はそれから5KMウォークに参加した。

表示は1 mile毎(1 mile1.6 km)であり、ペースは目標を10分/mile6:15km)と決めていた。このペースで完走すれば4時間22分でゴールであり、後半 12分/mileとなってもサブ5は達成可能と作戦をたてた。どういう訳かチップによる計測地点はmileではなく10km、中間点、30Km、ゴールであった。

はじめの1mileはスタートから歩く人もいて、思うように走れなかった(11:30/mile)が、それを過ぎれば道路幅が広いこともあり、自分のペースで走ることができた。10Km通過タイム1:05:20でスタートのロスタイムを考慮すればまあまあのペースである。その後10-20Km1:04:26、中間点で2:16:5220-30Km1:11:1230-40Km1:12:10でゴールが4:49:02であった。

後半多少ペースは落ちたが想定内であり、移動日翌日の時差ボケ状態でのサブ5達成は満足できる記録であった。(昨年の荒川は4:46:17

途中の給水は1 mile毎に水かスポーツ飲料が豊富に提供され、ボランティアの人たちが多勢でコップを差し出してくれた。食料は途中2箇所程度でスポンサーが提供するチョコレートやクッキーの支給があったが、その途中は沿道の人が差し出してくれるオレンジ、バナナ、飴で元気をもらう風景は青梅のような雰囲気であった。

アフリカ人居住区、ビバリーヒルズ近郊、KOREA TOWNをとおり、最後はオリンピックBL.を通ってダウンタウンの真ん中でスタート地点近くにゴールするコースは22年前のロサンゼルスオリンピックのマラソンコースとほぼ同じだそうだ。地図によれば高低差は60M程度であるが、ところどころ小さなアップダウンはあったが、全般的にアップダウンを感じなく走りやすいコースと思えた。気候はほとんど晴れ、気温は15℃程度で荒川のような風もなくドライな空気で汗はほとんどかかないというかすぐ発散してしまう感じで絶好の条件であった。

沿道の人の応援は走る地域によりそれぞれの雰囲気があったが、共通して言えることは、応援者がゼッケンに大きく書かれたランナーの名前を読みながら応援してくれることで、これには元気づけられた。“Reiji, Good Job,Good Job! ”と言っているそうであるが、ようやくゼッケンに大きく名前が書かれている意味が理解できた。

面白かったのは協賛している携帯の電話会社が18 mile付近で、ボランティアで携帯電話を持って走り、ランナーで必要な人に携帯電話を貸して、待っている家族に走りながら電話ができるサービスを提供していたことである。既に5Kmウォークを完走しホテルで待機していた家族にゴール予定時間が連絡できとても重宝した。携帯会社の人はランナーと一緒に走り会話が終了するとまた走って戻るという大変なサービスであった。トップランナーでは味わえないサービスを享受できた。(トップランナーは電話を利用しなくても家族はテレビで確認できるが)

後半は多少ペースは落ちたが、このペースでいけばサブ5が達成できそうな感じは35Km近辺でなんとかつかめた。ゴール手前1Kmで家族の応援を得て、大崩れせずそのペースを守り気分よくゴールすることができた。ずっと8車線の道路を走れるのはさすがアメリカであり、開放感を味わいながら楽しく走ることができた。

大会は要領には特に制限時間はないと記載されているが、交通規制は8分/Kmを目安に順次解かれ、その後ランナーは歩道を走ることになる。レースとしては6時間で完了するが、計測やゴール後サポートは午後6時まで(10時間)あるので始めから歩いても十分ゴールできることとなる。

ゴールするとチップを返却し、防寒シートが支給され、完走メダルの授与、写真撮影、協賛会社からのギフトの支給がされる。完走の満足感を味わいながら、歩いてホテルに戻り、夜は完走パーティで疲れを癒した。その夜はぐっすりと睡眠がとれ、一気に時差ボケが解消した。

翌日の新聞によればロスマラソンで、死者は2名(5324mile地点で心臓マヒ、60歳 3mile地点で転倒、顔を強打、出血多量)、1名が重体(70歳 スタート直後に心臓マヒ)となる過酷なレースでもあったようである。

5.翌日(WBC観戦)

次の日はサンディエゴに移動(車で約2時間)し、Peteco Stadiumでの日本対キューバのWBC決勝戦を観戦した。チケットはインターネットオークションにて60ドル/人で事前に購入していたが、購入時点では日本がまだ決勝進出するとは決まっていなかったので結果的には非常にラッキーであった。4時半に到着したらすでに日本選手はグランドで練習をしており、イチローのレーザービームを間近で見ることができた。5時半から開会式があり、6時から試合が始まった。イチローの人気はアメリカでも一流でバッターボックスに入ると“イチローコール”が沸き起こった。開始直後のキューバ投手の乱調につけこみ、先制点4点を入れたのは大きかった。中押しがあり、8回に1点差に追い上げられたが、9回に再びだめ押し点が入り、10-6と理想的な展開で優勝することができた。途中ホームベースでのクロスプレーもあり、臨場感溢れる球場で歴史的な日本の勝利を観戦できたことは幸運であった。試合終了後王監督の胴上げを見て、表彰式後選手が日の丸を掲げて場内を一周する風景はさすがに感動ものであった。

記録

男子1位;BENSON CHERONO  (ケニヤ) 2:08:04 

女子1位;LIDIYA GRIGORYEVA (ロシヤ)  2:25:01

     REIJI USAMI     (城北クラブ)4:49:02  (総合 6574位)