植松 靖博
1.走り込み
走歴11年。体もボロボロになりつつあって、この3年間は故障との戦いだった。
一昨年は、2月〜8月まで満足に走れず、長野、かすみがうら、サロマ湖などのレースもスタート地点に立つことができず、ただ、痛まない程度に細々と走っていて、8月後半から距離を延ばし、9月、10月と700km以上の走り込みが出来た。結果は絶好調なシーズンとなった。
昨年は、5月に腰を痛め、治ったと思った7月に左アキレス腱を痛めた。何とか走れるようになったのは9月の終盤。10月、11月と何とか600kmの距離を走ったものの、結果は最悪なシーズンとなった。
そして今年は、昨年12月〜8月まで、右足首が痛くて満足に走れず、8月からは毎朝の早朝ランを復活したものの300kmにすら届かず、9月は質的には上げていったが、走行距離は400km弱。ただ10月は完全復活を思わせる自己最高となる750kmの走り込みができた。
3年間を比較して言えるのは、昨年は痛くて「走れなかった」けれど、一昨年と今年は、シーズンに向けて安心して走れるように「走らなかった」という感が強い。ただ、今までは走り込み期間は10週間程度とっていたが、今年は6週間と短かかったので、走れる体になったとたん調整期間に入ってしまったようで、体重も減らずその点が大きな不安材料として残った。
2.今シーズンの調子
9月初旬の皇居駅伝では、暑くて皆タイムが伸びない中、暑さが苦手で、かつ、殆ど練習不足の私としては満足ができる17分34秒で走ることができて「今年は調子がいいのかな?」と思えてしまった。
ただ、それがその後のつまずきにつながったようで、高島平では「あれからかなり走れているから35分前後で走れるだろう」と過信してレースに臨んだが、3キロくらいで、あまりの調子の悪さに戦意喪失で36分54秒という散々な記録に終わる。翌週の手賀沼でも10キロでペースを落としたあとの大撃沈で1時間18分45秒と練習の成果が全く見られない結果となっていた。
ところが戸田マラソン10キロでは、高島平を1分30秒程度上回る35分27秒と調子がいいのか、悪いのか、全くわからずに大田原マラソンとなった。大田原も結果は大撃沈だったが、少なくとも30Kまでは勝負が出来るような状態になっていることは実感できた。
3.福岡へ
そんな中、今年も福岡国際マラソンを走ることになった。昨年より資格タイムが5分厳しくなり、今年はY古宇さんを始め、他にも何人か知り合いのランナーが出ると思っていたが、寂しく一人での参加となってしまった。
ランナーになってきてからは飛行機に乗る回数も増えてきてはいるが、未だに10回は乗っておらず、いつも一人では不安を感じる。ツアーで貰ったクーポンの扱いも昨年と違うような感じだったが、何とか搭乗手続きを済ませることができた。「窓側の席は一番後ろしか空いていない」と言われたが、窓側の方がよかったので言われたとおり一番後ろにしたら、そこは何と客室乗務員の待機席?隣に客室乗務員の女性が乗ってきたので、場違いな状況で緊張してしまった。
ただ天気が良くて、富士山を上から見ることができてラッキーだった。初めて飛行機に乗ったときに見て以来2度目のこと。
定刻どおり福岡空港到着。2度目なので手馴れたもので順調に地下鉄に乗り込み、受付会場のホテルのある天神駅に到着。昨年は大雨の中、迷いながらホテルを探しあてたが、今年はすんなりと・・・と思いきや、地下鉄の出口はホテルの通り沿いで正解だったが、反対方向に歩いていた。方向音痴はやはり重症だ。
受付も済ませ、宿泊のホテルに向かう。昨年は天神の繁華街の中(誘惑が多かった)だったが、今年は平和台陸上競技場には近いが、何もない殺風景な場所だった。
チェックインを済ませ部屋に入った。あまりにも順調だったので3時30分頃の到着だったが、朝食以来何も食べていないのでお腹が空いて何か食べたくなる。夕食「選手交流の夕べ」まで時間がありすぎる。かといって何か食べたら、せっかくのご馳走が食べられなくなるので我慢することにした。サッカー(セレッソが終了目前で同点に追いつかれ、ガンバの逆転優勝)を見終わった後、暇つぶしに大濠公園に向かう。途中(陸上競技場の奥)福岡城跡に寄り道。特に見るところは無かったが知らないところを高いところから見ると、やはり気持ちがいい。そんなことで時間をつぶしてしまい、大濠公園を散歩する時間がなくなってしまったので、大濠公園は散歩ではなく、走ることにした。夕方の大濠公園のジョギングも気持ちよかった。
4.選手交流の夕べ
昨年は20分ほど遅刻して入ったため、今年は最初から参加しようと5分前に西鉄グランドホテルに到着。とにかくこの為に、空腹の中を待っていたのだから、ガンガン食べなければ・・・
料理の種類も10数種類。とにかく味見しようと、少しずつではあるが皿に乗せる。少しずつのつもりでも種類が多いので、結局大量になる。少し経つと寿司が出てきた。昨年は食べられなかったが、今年はしっかりと食べた。あと、パスタとカレーも別のコーナーで配っていた。カレーを食べたが、これは絶品の美味しさだった。カレーの味も良いが、具沢山で特に牛肉が柔らかで最高に美味しかった。ビールも当然並んでいたが、殆どの人は食べるのが夢中なのか、明日のレースを思ってかあまり飲まない。私も寿司を食べるときのお茶代わりに3杯飲んだだけ。誰か知り合いが入れば、ビールの割合が増えたと思うが、今年は食べる方に専念した。
お腹も一杯になってきたので帰ろうかと思ったら、行列ができていたので見てみたら、ケーキだった。
迷ったが、こういったところのケーキも食べてみたいので、私も並ぶことにした。ケーキも想像以上の美味しさだった。イチゴショートと、チーズケーキがあったが、私はイチゴだけにしたが、両方貰っている人も多く、つくづく、「ランナーは細い体なのによく食べるな」と思ってしまった。ケーキのあとホットコーヒーでしめたが、まだまだ殆どのランナーは食べ続けていた。私はギブアップ。パスタと果物を食べられなかったのは心残りではあったが、会場をあとにした。
5.満腹な夜
会場をあとにして、あまりにもお腹が一杯になってしまったので、そのままホテルに帰らずに散歩した。
昨年泊まったホテルの方を歩いてみたが、やはり、屋台やら、美味しそうなお店が多かった。腹が減っていたら寄ってしまったかも? その後、天神の地下街を散歩して結局1時間弱歩いてホテルに戻った。
シャワー浴びて、テレビを見て9時過ぎになった。明日の朝食はレースの関係で9時過ぎに食べたいので、このまま何も食べないとさすがに腹減りすぎかな?と思って、軽く?缶ビール500×2+350×1+チューハイ500×1+つまみ少々をコンビニで買ってきた。
この量そのものはたいしたことはないと思っていたが、夕食の量が多すぎたので、お腹が一杯で、結局350のビールが飲めなかった。(忘れていて、ホテルの冷蔵庫に入れっぱなしで帰ってしまった)
でも、ほぼ普段どおりの11時30分頃に熟睡することができた。
6.当日の朝
日頃の行いが余程悪いのか?この2〜3週間ほど晴天続きだったが、よりによって大事な時に天気が崩れるなんて。しかも風も超強いようだ。
6時頃に起きて、7時頃に大濠公園に散歩に出たが、この時間はまだ晴れ間も見えて、風も穏やか。12時10分スタートではなく、さっさと始めて欲しいなと思いながら大濠公園の入り口に向かい左折した直後、あるランナーとぶつかりそうになる。どこかで見たことが・・・と思ったが、谷口浩美にそっくり。「あれ、何でこんなところに、今日出るんだっけ?」と思っていたが、あとでわかったのがテレビの解説だったんだ。あ〜話しかければよかった。
大濠公園でも結局散歩では終わらず、やはりジョッグとなった。逆方向に走ったが、福岡に参加するだろうと思えるランナーがやはり多かった。
ホテルに戻ってシャワー浴びてもまだまだ朝食には早い。(スタートが12時10分だから食事は9時過ぎにしたい)
9時10分頃になってようやく朝食となった。あまりにお腹が空いていたので、バイキング制の朝食。予想通り食べすぎとなった。「なんか、去年も同じだったな〜」
7.いよいよスタート
10時30分頃にチェックアウトし、平和台陸上競技場へ向かう。雨も心配なので途中コンビニで折りたたみ傘を購入。(でも結局使わずじまいだったが・・・)雨よ降るなと祈りながら歩くが、風は朝よりもはるかに強くなっていた。10時50分頃には到着する。選手待機所に行ったが、何だか昨年より少なくなっているようで、「おかしいな?」と思いながら入って着替えたが、見るとAグループの人が多い。たまにBグループのゼッケンも見えたのでかまわずに着替えを進めた。(あとでわかったが、そこはAグループの選手の待機所だったようで、Bグループは全く別の場所に移っていた)
アップ2キロくらいしてスタート地点に向かう。やはり風が強くて寒い。殆どのランナーはウィンドブレーカーを着たままスタートの最終コールを受けていたが(ウィンドブレーカー等はナンバーカードを付けたビニール袋に入れ預けることになっている)、私は一般市民ランナーらしく、寒さに耐えながらランパン・ランシャツスタイルでスタートを待つものの少々後悔(体が冷え切ってしまう)
でも、スタート地点に皆が集まると寒さも和らいできて、いよいよスタートを迎える。
8.快調な前半
無事にスタートした。2年前の町田駅伝(前のランナーに巻き込まれ転倒)以来、ちょっとしたスタート恐怖症になっている。1キロ3分44秒、2キロ7分28秒と順調なペースで走り、大濠公園をあとにする。ちょっとだけ早いペースだが、とりあえず5キロまではこのリズムで走ろうと、そのままペースを維持して5キロ通過(18分44秒)向かい風を考えると、かなりのオーバーペースに感じるので、その集団から離れて次の集団を待つ(かなり離れていた)。序盤の向かい風は、テレビで言うほどには感じず、順調に走れていた。8キロくらいから雨が降り始めたが、これも序盤なので、それほどは感じなかった。10キロ地点も落としたなりのペースダウンで(19分10秒)と、まさに2時間40分切りには最適なペース。
その後は追い風になる。まさにここからはランナーズハイになる。沿道の応援は物凄いし、18分台後半のペースがジョギングのような感じで走れていた。それでも、調子に乗らず、「我慢我慢」で、集団について走る。福岡は1キロ毎に距離表示があるが、何故か最初の1キロ(5キロ毎での)が短く感じ、後半の2キロくらいが長く感じる。伝統大会なのに、途中の距離表示は以外にアバウト?だ。3分40秒くらいで最初の1キロ走るが、結局は18分台後半のラップに収まることばかり。ということで、15キロ以降も18分50秒、18分58秒と順調に、まさに、2時間40分をわずかに切るくらいのペースで進む。
中間点を過ぎると、少しずつ遅れてくるランナーが目立ってくる。私の方は相変わらず順調ではあるが、20キロ手前までは、ジョギング感覚にも感じたが、この辺りからは油断するとペースが落ちてくるような気がして、意識して集団の後方を離れないように走る。でも、けっして無理してついていってるわけではないが・・・
25キロも18分56秒と、まさにイーブンペース。その後の給水で(この日は結局寒くて一度も給水せず)皆が給水しているところを、そのまま走ったので集団を引っ張る形になる。気持ちが高まっていたので、そのままのペースで集団を引っ張って走る。(終わってからの唯一の反省点としては、ここでもう少し我慢すればよかったかも)28キロ過ぎたあたりで、トップランナーとすれ違う。藤田の存在には気づかなかった(肌が白いのでロシア系に感じたかも)。そんなことで30キロ通過。ここも自分で引っ張りながらも18分54秒と、全くペース変わらず、疲れてきてはいるが、30キロ過ぎれば当たり前。この時点では、少なくともその後の大失速なんて想像もつかなかった。
9.天国から地獄
31キロも3分42秒(とにかく何故か最初の1キロは短い)。順調そのもの。でも、去年もこの折り返しで失速した嫌な記憶が蘇り、何だか嫌な予感が・・・そんなこともあったのか何故か、折り返しの手前で一緒に走っていたランナーから遅れをとってしまう。そして折り返し。3人くらいで折り返したが、折り返した瞬間、何故かその2人から5mほど離れてしまう。(折り返しの技術も今後の課題?)すると予想以上の向かい風。たった今はなれた2人に追いつかない。こんな強風の中、一人で走るのは嫌だ。
追いつかない中もがいている内に、それは急にきてしまった。本当に「ストン」という表現がピッタリのペースダウン。大田原の時のように自らペースを落としたわけではなく、極々自然に、しかも急激に・・・
20キロ以降抜いていったランナーから、逆に次々と抜き返される。雨も強くなり、しかもみぞれに変わる。風が強いのでみぞれが体に当たるのが痛くて仕方ない。体温も奪われていき、力が全く入らなくなってきた。10分ほど前は、前向きに気合入れて走っていたのが夢のよう。
1キロ毎の距離表示は怖くて見なかったが、35キロ地点で見たら20分05秒。これは36.5キロまではしっかり走っていた貯金もあって、何とかキロ4分ペースだが、折り返し以降を考えると大幅なペースダウン。
みぞれも強くなってきて、目を開けているのもつらい。1キロの距離が前半の3倍にも5倍にも感じる。途中歩いているランナーが車に乗せられるのを見て羨ましくも感じるが、とにかくもう少のし辛抱。でも、その「もう少し」があまりにも長い。
40キロ地点に何とかたどり着く。ラップも24分20秒まで落ちていた。でも、ここまでくれば、何とかゴールできるだろうと寒さに喘ぎながら前に進んでいたところ、急に自分を追い抜いたランナーが止められた。
「あれ、なんでこんなところに関門があるの?」当然自分も止められた。従うしかないが、何だか納得できない気持ち。(あとで見たら、40キロ地点の関門のあとに、マラソンゲートの関門があったようだ。でも、ここはマラソンゲートよりも手前のはず)結局私を含めた5名のランナーがワゴン車に乗せられた。
「ここまできたら最後まで走らせてくれ」という気持ちは当然あるが、でも、はっきり言ってそんな甘い状況ではなかった、体が凍りつき、立っているのもやっとの状態。でも、やはり這ってでも完走したかった。(結局体のふるえは着替え終わって地下鉄に乗るまで止まらなかったほど)
車の中でふと時計を見ると、時計は未だにレース状態(動いていた)だったのでストップボタンを押した。40キロ地点からのラップが7分29秒で止まった。終了できなかったレース。ゴールしたわけではないので、止められた時はわけがわからず当然ストップボタンも押さなかったが、とても悲しく、空しい7分29秒だった。止められた距離、タイムは自分の予想では40.5キロ(2時間40分30秒)くらいだと思う。
これで、フルマラソンのDNFは3回目。
一度目は最後の年の信毎マラソン。季節はずれの暑さで脱水症気味の所に加え、給水が全然取れず(コップが想定外で全然足りず)10キロで戦意喪失。意識的に15キロの関門でやめてバスに乗った。
二度目は3年前の佐倉マラソン。坐骨神経痛で走れなくなり、会場に近づいた30キロ地点くらいの所でやめて、歩いて会場に戻った。
そして今度が三度目。今までで一番悔しいDNFだった。
10.走り終えて
今回の結果は、ほぼ完璧に予定どおりのペースでいったにもかかわらず、32キロ以降大幅なペースダウンとなった。何故だろう?普通はペースが極端に落ちる前に5キロで30秒〜1分くらい落ちるような、撃沈の兆し的の状態があるはずなのに、今回はいっきに来てしまった。折り返して風向きが変わったから当然といえば当然だが、他の人の落ち幅よりはるかに大きいのでは?と思う。自分は普通の人より向かい風が弱いのだろうか?上りや、下りに関しては、得意、苦手というのもあるとは思うが、向かい風はだれしも嫌いだと思う。強いて肉体的に向かい風に弱い要因を探せば、コンタクトレンズのため、目が痛くなるといったところだけ。だから、丁度体力が落ちかけてきたところで、冷たい雨をうけて体温が下がったためなのかも?これも誰しも同じ状況だが、タイミング的に最悪だったのかも?とにかくよくわからない。
それから、やはり走り込み不足。数字的には750キロと自己最高距離を稼いだが、期間が短すぎたので、薄っぺらな走り込みになってしまったのかも?
いずれにしても、マラソンって本当に難しく、奥が深い。自分の走力、体調、ペース配分、気象条件、レース展開によっても変わるので、一生かかっても極めるのは無理だろう。でも、これからもずっとそんなマラソンを走り続けていきたい。とりあえず、失ってしまった「福岡国際マラソンの参加基準タイム」の再取得が今シーズンの最低課題となった。勝田では気負わずその福岡切符の再取得を目標に、荒川では40分切りを目指して、12月末から走り込みを再開しようと思う。