オクトーバーラン効果!? 目標レースで目標達成!
〜3時間10分切りへの道のり〜
(平成16年12月18日up)
サポラン(サポーターをはずしたランナー)こと、
田中 貴浩
〜始めに〜
完走記はウルトラの時だけ、と考えていましたが、今回のつくばマラソンにいたるまでにも多くのことがあったので、番外編として、完走記を書くことにしました。例によって(?)、前回完走記の続きからです。長すぎる〜っと言う方は前半を飛ばしてレースだけでも読んでいただけると嬉しいです。
@.サロマ湖100km完走後 〜休養の時〜
今年のサロマ湖完走後は、秋に向けて膝を治すことをメインに考えた。とは言っても一応医者からは問題ないと言われているので、もう医者に診てもらうつもりはなかった。膝が痛くなってくるのはレースでも練習でも、ペースに関わらず15km過ぎに起きることとが多いので、7月・8月は一度に15km以上を走らないように心掛けることにした。秋に向けた大事な時期ではあるが、最悪この秋を棒に振っても膝を治すのを最優先に考えていた。8月のマラピックでは約20km走ったものの、ほぼ予定通りに2ヶ月を過ごした。それから、8月からは膝のサポーターもはずすことにした。サポーターをしていると膝の痛みは緩和されるようだが、いつもでもサポーターをしていても膝が治るわけではなく、逆に弱りそうだったからだ。7月・8月共に月間走行距離は140km台だった。果たしてこんな走行距離で11月のつくばマラソンで3時間10分を切れるのか?と不安ではあったが、とりあえず予定通りに休めた。
9月に入ると、毎年秋の開幕レースにしている千葉海浜夏期マラソン(16km)。昨年は83分かかったが、今年は何とか76分ぐらいでゴールできた。7分位縮めた訳だが、このレースのベストタイムは66分台。本調子にはまだまだ程遠い。また、9月は試験などがあり、大勢が参加する草木湖マラソン・年齢別駅伝を走れなかった分、早稲田ふれあい駅伝に参加したりして、休日も思うように距離を伸ばせず、15km以上走を解禁したにも関わらず、月間250kmぐらいで終わってしまった。
10月は、今年は城北クラブのメンバーとして参加した(昨年は明走會JAPANのメンバーで参加していた)オクトーバーラン。今年の目標は500km。過去の月間最長距離が今年の1月の471km。距離だけ見れば残り29kmぐらいなら何とかなりそうだが、この時は土日・祝日の他に休暇を取っていて、半分は休みだったことを考えると、途方もない数字に見えていた。とりあえず土日が5週あったことも幸いし、立てた目標は、
土日合計で50km×5週=250km
毎週水曜日20km×4週=80km
残りを毎日10km×17日=170km
以上で月間500km達成、しかも休み無しという虫のいい計算だった。
さてさて、どうなるかと思っていたが・・・
A.目指せ500km! 〜オクトーバーラン〜
この完走記を読んでくれている方は、ほとんどがオクトーバーラン参加者だと思うので、詳細は省かせてもらい、主だったところを振り返ります。
まず全体としては、当初9人での参加で10人チームのトップよりも走行距離があるにも関わらず、チーム記録が参考記録でしかなかったのがもどかしく、掲示板で呼びかけた結果、名前の通り最終日に、ラストランナーさんが加わってくれたことが大きかった。基本的には個人の走り込み大会だが、10人揃った事で、さらにチームの結束が強くなったような気がする。
それから、今年のダイアリーにはコメント機能があり、チームのY古宇さん・鈍足ラビットさん・イワン大佐・ぱた。さん・ももちゃん・ラストランナーさんの他、サロマで知り合ったはつさん・ぱたともさんからもコメントを頂いた。時には励まし合い、またある時にはハッパをかけられたりしながら、本当に楽しく走れた1ヶ月間だった。ラストランナーさんのおかげで最終的に10人チームの部で優勝もできたし!
次に個人としては、あまり満足は出来なかった。
10月に入ってからは、500kmに向けて少しでも距離を伸ばそうと、2年前にフルを連チャンして右膝を故障して以来やめていた昼ランを復活させた。最初は日比谷公園(1周約1.8km)を1周+約200m走って2kmとしていたが、もう少し昼休みに時間があったので、途中からは2周するようになった。それから、目標はあくまでもランのみでの500km達成だったが、自信がなかったので、光が丘公園での練習会と高島平ロードレースの時には往復マウンテンバイクで、さらに光が丘の後にはスイムまでして、なりふり構わず距離を伸ばそうとしていた。記録にこだわっていなかった赤羽月例へは、家から約17kmを走って行ったりもした。最後は何とかランのみで500kmを達成できたわけだが、内容は本当に3時間10分を目指しているランナーのものか?・・・と自分でも疑う内容だった。
まず、40km走を1度しかできなかった事。それから、30km以上の距離をフル3時間10分のペースで走れなかったこと。ペースを抜きにした30km走も4回しか出来なかった事。最後には、内容よりもただ距離を稼ぐことだけを目標にしてしまったような気がする。最終週、500kmが見えてきたところでは、最終日の手賀沼ハーフマラソンでの自己ベスト(1時間26分50秒)更新での締めくくりを目指し、練習量を落としたにも関わらず撃沈(1時間56分30秒)してしまった事。振り返れば、後悔の山だった。ランのみで500kmを達成できたことが救いだったが、復活はまだまだ先かな?と弱気になっていた。先どころか、果たして復活できる日は来るのか?と。1週間後に迫った、つくばへの最後の調整と位置づけていた渡良瀬は、どういうペースで走ればいいのか分からなくなっていた・・・。
もう一つ悲しい出来事。この10月中に、サロマの朝に電話した子にふられました。完走記を読んだ皆様、今後、私が女性を連れていたら、サロマは禁句です!
B.つくばへ向けて、最後の調整 〜オクトーバーラン終了後からつくばまで〜
11月7日、渡良瀬遊水池マラソン。1週間前にハーフで1時間56分かかったことで、申し込み当初は行けるところまでを1km4分30秒ペースで行き、本番(つくば)での課題を見つける予定だったが、目標変更せざるを得なくなり、とりあえず勝田以来の3時間30分切りを目指すことにした。過去に目標としていたフルマラソンでは、走り込み終了を2週間前・1週間前・直前まで普通に練習というパターンを試したことがあったので、今回は3週間前の渡良瀬で走り込み終了としていた。なんとか3時間30分を切って、つくばにつなげたいと思っていた。
レース内容はというと、スタート後は1km5分ペースのつもりで走っていたが、5km地点でチェックすると、予定より早い23分37秒。ここでスピードを落としたつもりでも23分29秒。10kmからは『このまま行っちゃえ!』と開き直り、3時間20分を目指すことにして、イーブンペースで走り続けた。10〜15kmは22分41秒、15〜20kmは22分30秒。中間点が1時間37分台だったことで、自己ベスト(3時間14分22秒)を更新できるのでは?と欲が出てきた。後半はもうアップアップだったが、途中30〜35kmでの見知らぬランナーとのバトルを制し、後半を22分48秒・22分37秒・22分54秒・22分29秒・9分47秒でまとめ、3時間13分12秒でのフィニッシュ!1週間前が嘘のような、2年ぶりの復活劇(?)だった。
とにもかくにも、これで走り込みは終了。以後、つくばまでは1回の走行距離を15km以下に押え、とにかく疲れをとることを最優先に考えることにした。
11月14日、久喜駅伝。明走會JAPANの仲間と参加した。私は1区の約5kmを走って、19分30秒。スピードは戻っていないようだった。
11月21日、四街道ガス灯ロードレース。久しぶりの10kmレース。もう40分を目指してどれぐらいか覚えていないが、またしても達成できなかった。でも、ロードレースでの自己ベストを1秒更新する40分21秒だったので、ちょっと満足。
11月23日、葛飾駅伝。私は1区5km。久々の18分台を目指すも、スタートからスピードが出ず、19分19秒。久喜駅伝同様、スピード不足を実感した。
これでつくば前のレースは終了。残りは調整、と言いたいところだったが、正直なところは渡良瀬で自分にとって好記録を出せたことで、満足してしまっていた。調整を言い訳にサボりまくっているだけだった。
もう一つ気合いの入らない理由があった。11月に入って知人に女性を紹介してもらって1度デートしていて、つくばの前日の土曜に2回目のデートをすることになっていた為、気持ちはつくばどころではなかった。自己ベストも出せたことで、『今シーズンのランはもういいか。次の目標(彼女を見つける)にむけて頑張ろう。』という気持ちだった。ところが、直前に断られ、悲しくも土曜は暇になってしまった。『これでレースに集中できる』というよりも『結果が出なかった場合は言い訳もできないな。ランも恋愛も最悪だな。』と考えていた。こんな気持ちでむかえたつくばマラソン。さて、どうなるのか・・・。
C.いよいよ目標レース 〜つくばマラソン〜
会場へは、今までは東京駅からの高速バスを使っていたが、今年は常磐線+シャトルバスで行くことにした。朝はともかく、帰りのバスは足を伸ばせずに疲れるし、よく渋滞につかまったりして精神的にも疲れるからだ。
朝、日暮里で常磐線に乗り換えようとしていると、偶然にも明走會JAPANのS沼氏と会い、そのまま一緒に行くことになった。土浦駅についてシャトルバスに乗ろうとすると、8時10分ぐらいだと思ったが、すでに長蛇の列。片道600円近くも払って30分近く乗るんだからと、少し待って座っていくことにした。途中渋滞もあり、会場に着いたのは9時ぐらい。レース2時間前(8時30分)には会場入りしたかったが仕方がない。早めに便所を済ませてアップを始めようとするが、荷物を預けるのに時間がかかるのを思い出し、トラック1周で切り上げて荷物を預けに行った。案の定、預けるのに時間がかかり、戻ったらスタートまで20分ぐらい。結局ろくにアップもせずにスタート地点に向かった。直前の精神的なダメージ(?)もあり、開き直っていた。今回の作戦は、自分でも想像以上に走れた渡良瀬のように、前半おさえ気味での後半勝負。果たしてどうなるか・・・。
私は陸連登録の部なので一番前のグループからのスタートだったので、号砲からスタート地点までのロスタイムは約11秒。前を走るランナーは早い人が多く、前が詰まることなく走れた。後ろからは早いランナー何人にも追い抜かれたが、気にすることなくマイペースで走る。5km通過は22分35秒。『うん、いい感じ。このままのペースで最後まで行ければ3時間10分切りだ!』などと考えながら走り続ける。ちょっと誤算だったのが給水。水の他のスポーツドリンクは、私の天敵(?)ともいえるエネルゲンだった。過去、給水でこれを飲んでレース中に気持ち悪くなったことが何度もあり、身体が受け付けなくなっていた。後半のエネルギー切れが心配だったが、やはり飲む気はしなかった。
その後はペースを上げたつもりはなかったが、5〜10kmを21分56秒・10〜15kmは21分55秒だった。このまま行けば3時間7〜8分ぐらいになりそうだが、渡良瀬の時と違って今回は欲は無し。やはり結果を気にしない渡良瀬とずっと目標にしてきたつくばとの違いだった。
15〜20kmを22分17秒、20〜25kmを22分11秒で走ったが、少し疲れが出てきた。25〜30kmではちょっと疲れが出始めて22分41秒。エネルギーも切れかかっている様に感じていた。30km過ぎ、ついに禁断の(?)エネルゲンを飲むことにした。このままでは本当にエネルギー切れで最後に走れなくなりそうだったから、もう一か八かにかけてみた。30〜35kmは23分27秒かかった。ここまで、コツコツと溜めてきた貯金を一気に使ってしまった。35kmで2時間37分2秒。残り7.195kmを33分弱で走らなければならない。もう1km4分30秒ペースで走るのも難しい状態だったが、『このままのペースだと、今までの苦労が水の泡になってしまう』と思い、残りの力を振り絞る。37km付近で、前方を走るイワン大佐を発見。普段なら声をかけるところだが、目標達成できるかどうかの瀬戸際でとても余裕が無く、大きく手を横に振って合図するだけにした。しかし、イワン大佐を抜いたことで元気も出てきた。
学園都市に入る登り坂、すでに歩いているランナーもいたが、とにかく走り続ける。エネルゲンが効いたのか(?)35〜40kmは22分45秒まで戻し、残り3km地点で2時間56分過ぎ、さらに残り2km地点では3時間過ぎと、とにかく3時間10分切りの可能性が消えていなかったから頑張れたが、達成できる確信はもてなかった。最後の橋を登る時に女性ランナーに軽快に抜かれてしまったが、とにかく気持ちを落ち着けてゴールを目指す。最後のトラックに入る手前に、電光掲示板が見えてきた。『そういえば、昨年のつくばでは2時間40分切りを目指していた鈍足ラビットさんが電光掲示板を見た瞬間に諦めたとか言ってたっけ。確かトラックに入ってから2時間40分を過ぎたとか・・・』などと考えながらトラックに入る時に電光掲示板を見ると、3時間8分をまわったところ。『1km4分30秒ペースなら400mを90秒で走れる(実際には98秒)から余裕だな!』などと考え、ここで初めて目標達成出来ることを確信してトラックに入る。最後の勘違いのおかげもあってか(?)、最後も1秒2秒を争うという余計な力みも出ずにリラックスしてラストスパートすることができ、ついに念願の3時間10分切りを達成!ゴールタイムは3時間9分41秒だった。
タイムを整理すると、
〜 5km 22分35秒(ロスタイム11秒含む。23分かかったと思っていた。)
5〜10km 21分56秒(快調。22分30秒ペースのつもりだった。)
10〜15km 21分55秒(快調。若干落としたつもりが落ちてなかった。)
15〜20km 22分17秒(快調。予定通りのペースダウン)。
20〜25km 22分11秒(快調。また少しペースアップしてしまった。)
25〜30km 22分41秒(疲れが出始める。初めて22分30秒オーバー。)
30〜35km 23分27秒(疲労のピーク。一瞬諦めかけたが・・・。)
35〜40km 22分45秒(やや復活。ゴールを目指してひた走る。)
40〜 9分55秒(気合い・気合い・気合い。精神力でゴール!)
だった。30〜35kmで一旦沈みかけたのを持ち直せたのは、やはり走り込み(オクトーバーラン)のおかげだったのか?それとも最後の賭けに出て飲んだエネルゲンが効いたのか?サロマ湖・渡良瀬と完敗続きだったイワン大佐を1番苦しい残り5kmで抜くことが出来て気持ちよく走れたからか?理由は不明だが、今後にもつながる自信のついたレースだった。
渡良瀬の後は半信半疑だったが、2年前のフルマラソン土日連チャン以来、ようやく復活出来たようだ。スピードはかなり落ちてしまったようだが、1年前の悪夢(東京女子市民大会30kmタイムオーバー)もようやく忘れられる。完走できなかった悔しさは残るものの、これからは本心から笑い話に出来るだろう!(今までは・・・負け惜しみだったかも・・・)
D.最後に 〜3つの証明と、次の目標〜
今回のつくばでは、3つの証明をできた。初めに断っておくと、ちょっと批判気味に書いてしまいましたが、私と違う練習をしている方への批判ではありません。あくまでも、私の場合の体験談です。参考に、あるいはこういう練習・調整方法もあるんだ、ぐらいの気持ちで読んで頂けたら幸いです。
まず一つ目は、ペース走。よく30km以上を、本番を意識したペース走をやるといいとか、1km5分(以内)での30km走とかがいいというが、この完走記の中でも書いたが、私は一度もやらなかった。基本的にはエンジョイランナーの私、仲間がいればともかく、個人での30km(以上)走で、ペースを考えるなんてとても出来なかったし、これからもできないだろう。1km6分ペースが精一杯だった。ただ、全くペース走をやらなかったわけではなく、皇居4周(20km)は自分なりに考えて走ったつもりだったが。
二つ目は、走り込みの終了時期。3週間前に走り込み終了と位置づけたことに関して、早すぎるような事も言われたが、これも完走記に書いた通り、今までは早くても2週間前に終了していたので、今回は更に早く終了してみた。もちろん、後1週間走り込んでいれば3時間8分台で走れた可能性もあるが、逆に疲れが残って3時間10分を切れなかった可能性もある。こればかりはどうだったか分からないが、目標通りの自己ベストを達成できたことで、自分の練習方法が間違っていなかったと思う。
三つ目は、タバコ。昨年の東京女子市民大会でタイムオーバーして以降、約80日間を禁煙して勝田マラソンでの3時間10分切りを狙ったが、無惨に撃沈。80日間というのが短か過ぎただけかもしれないが、今回は全く禁煙しないで目標を達成できた。身体に悪いことは分かっているが、意志が弱くなかなか止められない。出来ることなら、このままタバコを吸いながら記録を伸ばしていきたい。
さて、今後の目標はフルマラソン3時間5分切り。自分の感触としては、10km40分切りよりも早く達成できそうな気がする。できれば1月の勝田マラソンで達成したいが、どうなるか・・・。達成できなくても、荒川マラソンで再び狙う。もしも勝田マラソンで達成できれば、その時は荒川マラソンでいざ・・・いや、達成できたら考えることにしよう。